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私の人生を変えた出来事

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ここでは私の人生を変えた話を読者の皆さんにお話したいと思います。

プロフィールにも書きましたが、私は18歳の専門学生時代に東京(江戸川区)から実家のある富山県まで、帰省も兼ねた自転車の旅にでたことがあります。

どうせならいい自転車で旅をしたいと思った私は自転車屋さんで10万円のクロスバイクを衝動買いしました。このときの高揚感は今でも忘れられません。「よし、やるぞ!!」という気持ちがみなぎってきます。

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旅への憧れ。希望を胸に出発!!

今もそうですが、私は昔から”旅”という響きに強い憧れをもっています。

昔のバラエティー番組でよく放送していましたが、芸人さんやミュージシャンが「ユーラシア大陸ヒッチハイクの旅」であったり「シベリア鉄道横断の旅」を通して成長していく姿を自分に重ね合わせたりして、いつも興奮しながら見ていました。

そういった憧れも手伝い、時間を持て余していた私は「何かおもしろいことがしたい!!」という思いで、富山までの旅を決意しました。

東京を出発してから3日目の話。

軽井沢と群馬県にまたがる十国峠という峠があります。私はその峠を必死で登っていました。

当時の私は特に体を鍛えていたわけではなく、体重も50キロそこそこ。2日連続で公園で野宿を重ねていたこともあって、からだは疲弊しきっていました。

着替えや食料を詰め込んだバックパックがずっしりと背中にのしかかる。筋肉痛で足が痛い。快適な旅を提供してくれるはずの相棒の自転車は、峠道を登るときには最大の荷物です。というのは、当時の私には自転車に乗ったまま峠を登るだけの脚力がなかったので、ひたすらに押して歩くことしかできなかったからです。

峠の上とはいえ、8月の太陽をさえぎるものは何もなく、残りわずかの体力をじりじりと奪っていきます。もう限界だ。倒れこんでしまいたい。なんでこんな旅にでてしまったんだろう。素直に電車で帰ればよかった。考えることも次第にネガティブなことばかりになっていきます。

峠のてっぺんでおじいさんと遭遇

満身創痍の思いで、何とか峠のてっぺんにさしかかったところ、向こうから一人の男性がよろよろとした足取りで歩いてくるのが見えました。

「こんなところに人?」 きっとお互いがそう思ったのでしょう。私たちはどちらからともなく、挨拶をして、その場に座りこんで話をしました。私はおじいさんにこんな峠道を一人で歩いている理由をたずねました。

おじいさんは

「私は昨日、長野県のホテルに泊まったのですが、そのホテルで財布を盗まれてしまったんです。家族に連絡したのですが、誰も都合のつく人はおらず、お金もないのでしかたなく歩いて帰っているんです。」といいます。

土地勘はあるらしく、歩いて帰れなくはないようですが、家まではまだかなりの距離がありそうです。何しろ今私たちがいるのは十国峠のてっぺんなのですから。

私はおじいさんがとてもかわいそうに思えました。長野県からこの峠のてっぺんまで登ってくるだけでも相当な距離です。しかもこの炎天下の中を・・・。

聞くと、どうやら峠を降りたところにバス停があり、そのバスに乗れば家のすぐ近くまでいけるとのことです。私はそっと自分の財布を開きました。

そこには一万円札が1枚と、千円札が2枚入っていました。どうしたものかと、少し迷いましたが、私はそこから千円札を2枚取り出し、おじいさんに渡しました。おじいさんは「ありがとう。」と言ったあとに、「このお金はかならず返しますから富山の住所を教えていただけませんか?」とたずねてきました。

私はなぜか格好をつけたかったので、「返さなくでも大丈夫です。気をつけて帰ってください。」と伝えました。

その後もしばらくいろいろな話をしましたが、やがてそれぞれの目的地を目指し、おじいさんと別れました。

ホテルの駐輪場でおばあさんとその孫娘に出会う

旅5日目の夜。野宿を繰り返してきた私の体力はもう限界でした。なんとか富山県までやってきて、実家まではあと一息というところまで来ましたが、疲れ果てていたので、私はビジネスホテルで泊まることにしました。

自転車を留め、ホテルの入り口に向かっている途中で、ふと年配の女性から声をかけられました。見ると、そこにはおばあさんと、おそらく彼女の孫と思われる5歳くらいの女の子が手をつないでたっていました。

旅人が珍しかったのか?それとも、おばあさんはとにかく話好きで誰かとしゃべりたかっただけなのか?おばあさんは私に「どこから来たの?どうやって来たの?何日間くらい旅しているの??」と仕切りと質問してきました。

私も5日間とはいえ、旅の途中では峠でおじいさんと話したくらいで、ほぼ一人でひたすらに自転車をこぎ続けてきたということもあり、少しさびしかったのだと思います。おばあさんとの会話がやけにはずみました。おばあさんたちは家族みんなで富山に旅行に来ているのとのことでした。

おばあさんは自分の何を気に入ってくれたのかはわからないのですが、自分の息子に「あなたのつめの垢を煎じて呑ませてやりたいわ。」と冗談まじりに笑いながら話してくれました。

おばあさんとは15分くらい立ち話をしたでしょうか。孫と思われる女の子は、少し退屈そうでしたが、それでもじっとおばあさんの横で待っていてくれました。

しばらくして、おばあさんはそろそろ寝るということで女の子と一緒にホテルに戻っていったのですが、私はまだしばらくその場でぼーっとしていました。

すると、スタスタという小さな足音が聞こえてきます。ふと見るとさっきの女の子が私に向かって走ってくるではないですか。

女の子は何かを握り締め手を私に差し出しました。私はそっと彼女の手をとります。

彼女のその小さな手には一万円札が握られていたのでした。

この旅一番のハイライトとなりました。

私心のない善意は5倍になって返ってくる

私はこのときの経験から、私心や欲のない善意は5倍になって自分の元に帰ってくることを学びました。

ここまで書いてきて、ふと論語の中の孔子の言葉を思い出しました。

「君子は義に悟り、小人は利に悟る」

もし、私が自分の利益だけを優先しておじいさんにお金を渡さなかったら、果たしておばあさんと女の子と出会うことができたでしょうか?

もし、おじいさんに最初から見返りを求めてお金を渡したとしたら、果たしておばあさんと女の子に出会うことができたでしょうか?

確実なことは誰にもわかりませんが、きっと心の中は神様に全て見透かされていて、相応の結果になっていたと思います。

私は今だに目先の利益に目がくらんでしまいそうになることがあります。自分だけ得したいという気持ちが顔をだしてくることもあります。でも、この時の経験が今でも私の心の中に生きていて、私を正しい方向に導いてくれるんです。

どうか皆さんも、心の内側にある無垢でやさしい心を大切にしてあげてください。

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